202212月05日

【事件記録は国民のもの】

 

約25年前、神戸で連続児童殺傷事件という想像を遥かに超えた残虐な事件が起きました。
被害者は小学生5人。犯人は「酒鬼薔薇聖斗」と名乗った中学生でした。
この名前を聞くと、25年も前の事件であっても記憶に残っている方が大半だと思います。
なぜ犯人は、このような残虐な行為に及んだのか。
事件の全体像を知る上で、そして、今後このようなことが起きぬように後世の教訓とするためにも、裁判では多くの事が語られ、それら全てが記録として残されていました。
ある時までは。

先日、その貴重な貴重な裁判の記録(事件記録)が破棄されていたことが判明しました。

裁判所には「特別保存」という制度があります。
日本中で起きている裁判の中で、重要なもの、耳目を集めたもの、有識者から保存を求められたものを永久に保存する制度です。
しかし、どのような経緯か不明ながら、この神戸の事件を始め多くの重要事件の事件記録が破棄されていることが判ったのです。

これらの杜撰な管理に関し、最高裁判所は原因も経緯も何も明らかにしていませんでした。
「司法の独立」という大原則の中で、杜撰な管理が放置され続けた結果です。

先の法務委員会で、裁判所の事務のあり方に関し、国民を代表する国会として本件を取り上げ最高裁判所の見解を問いました。

司法の独立は厳守される中においても、記録の保存などの裁判事務に関してはしっかりと国会が監視すべきと考えています。

私が問いかけたのは、最高裁判所は「この事件記録は誰のものだと認識しているか」というもの。

事前に質問内容を通告していたにも関わらず、誤魔化す最高裁。
しかし、そこで諦めず問いを重ね、委員長と他の理事らの協力もあって引き出された答弁が、

「裁判所が保有する記録は国のもので、国民のものと理解している」というもの。

至極当たり前の答弁ですが、それを裁判所が認識してこなかったからこそ、杜撰な管理が横行し国民の財産たる貴重な記録が勝手に廃棄されてきました。

現在、ようやく事の重大さに気づいた裁判所は、全ての記録の廃棄をストップし、重要事件の事件記録の廃棄がなぜ起きたのか、そして今後どのように保存をすべきなのか検討に入りました。
いまだ身内での検討に留まるようなので、どのような結論が出るのか甚だ不安ですが、まずは自浄作用を信じて結果を待ちたいと思います。

もし、裁判所自らが律することができなければ、事件文書の保存に関しては国民の財産を守る意味で議員立法も必要ではないかと考えているところです。

写真は神戸新聞一面に載せられた記事。

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